[岐阜県教育センター研究紀要(体育科,保健体育科)]
                                [更新日:2000/3/3]
1 主題設定の理由
2 研究の仮説
3 研究の内容
4 研究の実践
5 研究のまとめ

教科教育研究 「社会の変化に対応できる資質や能力を育てる
                    教科指導に関する研究」

研究主題

[体育科,保健体育科/
        運動を主体的に実践する力を育てる指導]

(小学校・中学校・高等学校)3年計画 完結年次

<研究の概要>
 自らの学習課題を設定し主体的に運動に取り組み,よりよく解決できる資質や能力を育成するには児童生徒の実態に即した単元指導計画を作成し,学習内容や指導方法などを工夫する必要がある。また,評価は,運動を主体的に実践する力を育て,活動意欲を高めるために,有効なものでなければならない。本研究は,小学校での「めあて学習」,中学校・高等学校での「選択制授業」による課題解決学習の実践から,運動を主体的に実践する力を育てる指導の在り方を究明した。

<キーワード>
体育・保健体育 課題解決学習 運動意欲 主体的な活動 評価

1 研究主題設定の理由

 都市化,情報化など社会の急速な変化は,児童生徒を取り巻く生活環境や生活様式を大きく変化させ,心身の健全な発達に著しい影響を与えている。
 体育科・保健体育科に求められる課題は,こうした社会の変化に対応できる,基本的な資質や能力などを育成し,たくましく生きるための健康や体力を培うことにある。そして,生涯にわたって運動に親しむ態度を身に付け,運動がもたらす社会性・協調性などを通して,自己決定ができる児童生徒を育成することである。
 これまでの学習では,個性を生かし,よさを発見し,伸長することを意図とした指導を行ってきた。これは,児童生徒が主体となる授業展開であるが,自ら進んで運動する意欲に欠ける児童生徒も見られた。そこで,児童生徒の内発的な運動意欲を重視した学習を行うことにより,活動への関心や意欲が高まり運動を積極的に行うことができると考えた。児童生徒が,自らの課題を決定できる学習を基本に,「教えられる体育」ではなく,自分のめあてを持ち,創意・工夫をすることで,新たな学習に対する意欲も沸き立つ。
 「運動を主体的に実践する力」とは,自ら課題を設定し意欲をもって学習に取り組み,よりよく解決する能力と考える。この力を育成するには,画一的な課題を押しつけ教えるのではなく,児童生徒が,「何を,どんな方法で学ぼうとしているのか」を明らかにし,指導内容や指導方法などの 工夫を行うことが必要である。
 また,評価は,運動を主体的に実践する力を育て,活動意欲を高めるために有効であるとともに教師の指導過程を顧みる指標となるため,より効果的な評価の在り方を究明していきたい。

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2 研究の仮説

自らの課題を設定し,学習内容や方法について創意・工夫する「課題解決型の授業」を実践することによって,活動への関心や意欲も高まり,自ら進んで運動を行う児童生徒を育成することができる。
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3 研究の内容と方法

(1) 意欲的に運動に励み自らの課題を解決するための指導の在り方
 ・身に付けさせたい「自ら学ぶ力」のとらえの明確化
 ・課題解決学習の単元計画の作成

(2) 観点表を活用した評価に関する意識調査
 ・生徒の評価と教師の評価の関係についての考察
  (意識調査の実施)

(3) 一人一人の課題を明確にし,意欲を高めるための指導の在り方
 ・活動内容の工夫(作戦,状況の判断,活動場面の工夫など)

(4) 選択制授業における課題解決学習の実践
 ・生徒の課題に応じた学習形態の工夫と技能習得の在り方

(5) 意欲をもち,すすんで運動するための指導・援助の在り方と評価

<研究計画>
(1) 第1年次
 課題解決学習の単元計画の作成と評価に関する意識調査

(2) 第2年次
 めあて学習・選択制授業における課題解決学習の実践と意欲を高める活動内容の工夫

(3) 第3年次
 課題解決学習の検証と授業実践のまとめ

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4 研究の実践


【小学校の授業実践】

(1) 研究の内容
 ・一人一人の課題を明確にした授業実践
 ・運動の資質を高めるための学習内容の工夫と評価の在り方

(2) 自ら学ぶ力のとらえ
単元計画に示された指導目標である,身に付けたい「自ら学ぶ力」を次のようにとらえた。(平成9年度の研究から)
《学ぶ心》
 ・目指す動きや仲間の姿を知り,意欲的に取り組む心。
 ・互いに教え合い励まし合い,努力や伸びを認め合う心。

《学ぶ能力》
 ・めあてを意識し,自分にあった練習ポイントや方法などで取り組む能力。
 ・安全に留意し,役割を分担し,責任を果たす能力。

《学ぶ基礎・基本》
 ・できる技をよりうまく行うことができる。
 ・できそうな技に挑戦し,調子よくできるようになる。

(3) 授業実践の概要
 ・実施日  平成11年7月7日(水)
 ・対 象  A小学校2年A組21人(男子8人,女子13人)
 ・種 目  跳び箱あそび(基本の運動/器械・器具)


    <一人一人の「めあて」の確かめ>

(4) 指導の実際
 運動を主体的に実践する子供を育てるために,本実践では「教材化」「単元構成」「1単位時間の授業」の3点について工夫し実践を行った。
@教材化
 子供は楽しいと感じる運動であれば,意欲的・主体的に取り組もうとする。したがって,楽しい体育を目指した教材づくりは,欠かすことができない要素となる。本題材の「跳び箱あそび」では事前のアンケートでつかんだ「いろいろな技で跳んでみたい」「跳び箱を跳び越したい」という子供の欲求をもとに次の点から教材化を図った。
「いろいろ跳び」で楽しむ時間を保障するとともに,「技に挑戦」する場を設定する
自分の好きな技のみ経験することにならないよう,後半活動では,技を決めて全員が同じ運動を行うことができるようにする。

A単元構成
 本単元では,子供の意欲が高まることを目指して,1時間の前半活動を子供から引き出した多様な跳び方で楽しむ運動(ねらい1)とし,後半活動では技を決めてうまくなっていく(ねらい2)という単元の構成で扱った。後半活動では,多様な跳び越しの中でも馬跳び(開脚跳び越し),うさぎ跳び(かかえ込み跳び),かえる跳び(かかえ込み跳び乗り・下り),前転がり(台上前転)横跳びの中から,挑戦したい技を選択して運動することとした。
 図表1 単元の構成
時 間前半活動後半活動
学習のねらいや方法を知る自分のできる技のチェック
2〜4 新しい技を学習しできるようにする(共通) もう少しできそうな技に挑する

 (ねらい2)
既習の技新たに学習した技の中から選択して進める

5〜6得意技をさらにうまくする
 (ねらい1)
発表技の練習技の発表会

B1単位時間の授業
・めあて学習について
 子供にめあて学習を行わせることで,子供の学習に対する意欲は高まった。それは,一人一人の子供が求める高さや技,意識したいポイントが違うことに応ずることができたからと考えている。自分の考えためあてに挑戦する学習は,子供が求めるものであり,場にあった跳び方やポイントを工夫し,試しながら技に挑戦していく姿が見られた。
・教師の指導,援助
教師の指導,援助は以下の点から行った。
・できるようになった子,努力した子に対する「認め」と「励まし」
・一人一人の子供のめあての確かめ

(5) 成果と課題
めあてを自己決定させて学習に向かわせることは,子供の意欲を高めるために大変有効であった。
「いろいろ跳び」で楽しむ時間と場を保障したことで,子供は多様な跳び方を身に付け,楽しむことができた。
単元を通して前半活動と後半活動の活動内容を分けたことで,得意な技のみの経験ではなく,多様な技への挑戦という,子供の欲求や教師の願いに合った実践ができた。
「今自分がやりたい技は何か」を明らかにしたうえで,子供に任せることは,真に子供の主体的な学習を引き出し,意欲的に学習に取り組むことにつながると考える。
本時の自分の学習を,めあてから順に振り返らせることが大切である。特に,自分の歩みを振り返る中で,有効と感じたポイントを整理し,仲間の言葉とともに絵図や学習カードに記録しておくとよいと思われる。
後半活動においてはやや意欲が低下する子供もおり,難しいことに挑戦する姿勢の弱さを感じた。
自分のめあて(めざす姿)を明らかにしておかないと子供任せ(放任)の授業になりやすい。教師が行うこと,子供に任せることを事前にはっきりさせておく必要がある。

【中学校の授業実践】

(1) 研究の内容
計画会,練習,評価(自己評価・相互評価)で生徒が自己決定する場を多く設定し,工夫することによって,主体的に運動に向かう力を育成する。
自己評価,相互評価,教師による評価を適切に行い,生徒が新しい課題を的確に決定していく力を伸ばす。

(2) 授業実践の概要
 ・実施日  平成11年9月30日(木)
 ・対 象  B中学校3年B・C組(女子)
 ・単 元  創作ダンス
(3) 指導の実際
 一人一人の課題を明確にし,よさを伸ば学習内容の在り方を求めて次のような工夫をした。
@班編成の工夫
意識の高いリーダーが班の学習を進めることができるように,立候補によってリーダーを決定した。
創作ダンスにおけるよさの具体的な観点(写真参照)を示し,仲間のよさをとらえた相互評価ができるようにした。
A課題提示の工夫
・各自が「生きる」を題にした作文を書き,自分の意見を持って班会を行った。
・毎時間ビデオを設定して,めざす姿を視覚的に提示した。
B個人課題の持ち方
毎時の班の計画会で個人の課題発表の場を設定し,L(リーダー)やPO(技能観察係)MO(態度観察係)を中心に,課題を確認する話し合いを行った。

(4) 評価の方法
 評価の方法を,自己評価,相互評価,教師の評価の3点とし,次の内容で行った。
@自己評価
班の計画会で発表した個人の課題について,反省会で自己評価するとともに,次時の課題を明らかにした。
ビデオを活用して自分の姿を見ることにより自己評価と仲間の評価の整合性を図った。

A相互評価
班内での相互評価として,毎時間の最後に反省会を位置付けた。
ペア班で見合うことにより,学級の発表会の評価観点にそって,互いに評価した。
単元の最後に「作品発表会」を行い,観点に基づいて評価し合った。
全校での「アンコール作品発表会」を設定し,よりよい動き,構成,テーマについて学ぶ機会とした。

B教師の評価
・班の動き,取り組む姿勢,仲間とのかかわりなど,よさをほめその価値を話した。
・広げたい姿,よい動き,工夫を視覚的に示して紹介した。
・単元の反省会では,本年度の成果を示し,次年度への課題を明らかにした。


     <よさの具体的な観点>

(5) 成果と課題
班や係りを生徒自身の手で決めることで,責任感が高まり,意欲的に授業に向かうことができた。
課題を具体的な姿として、視覚的に示したことにより,班や個人にとってより明確で適切なものとなった。そして,全員が意見やアイデアを出して練り上げる作品となり,満足感が得られた。
自己評価,相互評価を行うことにより,生徒が自分の姿を正しく見ることができるようになり他人の評価を素直に受け入れた。
課題の決定や評価を大切にしながら,運動する時間を十分に確保するための,効率のよい班会の進め方を工夫したい。
評価の観点とテーマをより関連付けたものになるよう,項目の見直しを図る。

【高等学校の授業実践】
(1) 研究の内容
・生徒の評価と教師の評価の関係について
・自ら課題を設定し,技能の修得や運動の資質の向上を図るための学習内容の工夫と実践
・選択制授業における課題解決学習の実践と評価の在り方

(2) 高等学校における評価と意識調査(平成9年度に実施)
・運動を主体的に意欲を持って実践するには,体育が楽しいと実感できることが大切な要素となる。そこで,評価と活動意欲に関する意識調査を行った。
   図表2 評価と活動意欲に関する意識調査
    評価結果

項目
自己評価より教師の評価が高かった生徒
  33名  39%
自己評価が教師の評価と同じだった生徒
  39名  46%
自己評価より教師の評価が低かった生徒
  12名  14%
楽しみ 楽しい
 楽しくない
 分からない
  30名  91%
   1名   3%
   2名   6%
  28名  72%
   3名   8%
   8名  21%
   7名  58%
   5名  42%
   ----------
継 続 続けたい
 続けたくない
 分からない
  26名  76%
   4名  12%
   4名  12%
  21名  54%
   2名   5%
  16名  41%
   4名  33%
   ----------
   8名  57%
意 欲 意欲あり
 意欲なし
 分からない
  30名  91%
   1名   3%
   2名   6%
  12名  31%
   5名  13%
  22名  56%
   4名  33%
   3名  25%
   5名  42%

@自己評価より教師の評価が高かった生徒
 なぜ高い評価がされたのか理解している。何事にも意欲的に活動ができ自分の目標が立てられ,常に授業を楽しく受けられる生徒が多い。
A自己評価と教師の評価が同じだった生徒
 「分からない」と答えた生徒が半数以上いるため教師の指導方法の工夫が大切である。
B自己評価より教師の評価が低かった生徒
 評価そのものに無関心の生徒が多く,受け身的で進んで目標や課題を設定できない生徒が多い。

(3) 授業実践の概要
 ・実施日  平成11年6月21日(月)
 ・対 象  C高等学校 1年生(男子27名)
 ・単 元  バスケットボール

(4) 課題解決学習の単元計画を作成する上で次のような工夫をした。
@単元指導目標
自分の得意とするプレー(技能)を見付け,自分の役割を果たし,ゲームでそのプレーができる。
各グループの,特長を生かした攻撃(オフェンス)や防御(ディフェンス)ができる。
個人やチームの到達目標を立て,それぞれの課題を明確にするとともに,独創的な活動内容を考えるような場面を設定する。また,自己評価や相互評価をすることにより,技能を高め楽しく活動することができる。
A教え合い・認め合い
 相互評価した内容などを,グループ練習やゲーム,ミーティングで指摘し合い,認め合う場の設定。
B評価表の活用
 評価表を有効に活用して,常にチームの課題と個人の課題を確認しながら,新たな課題を求めながら授業を進める。
C学習形態の工夫
・グルーピングの工夫
 授業前にアンケート調査を行いグルーピングを以下の手順で行った。
  ア 生徒の意見を反映したリーダーの決定
  イ 各ポジションの重複を可能な限り避ける
  ウ 生徒同士の人間関係に対する配慮
D効果的な技能修得の在り方について
全体課題として,「得意なプレーを発見して上達しよう」を掲げ,ポジションに着目して,各ポジションごとに課題を設定し,技能(特にシュートを意識して)を修得することを目標とした。
「得意なシュートをゲームで打つ」ことを強調して,練習やゲームを行った。
グループノート,個人カードにより,チームの課題と個人の課題を授業ごとに明確にし,自己評価や総合評価で課題の達成度を確認することとした。
リーグ戦では,評価のポイントをさらに細かくし,授業後のアンケートを行い,生徒の意識の変化を確認した。

(5) 成果と課題
アンケートを活用したグルーピングの工夫により,積極的な授業に向けての環境づくりができた。
個人評価カードやグループノートの活用は,多くの生徒が,課題解決に役立ったという感想を持っており,「このような授業が楽しかった」「次年度も継続して行いたい」などの声が多かった。
自己評価(個人評価カード)の活用は適切に行われたが,相互評価は,形式的になりがちであった。
個人の課題とグループの課題の接点が,希薄になることがあった。二つの課題を,いかに関連づけて指導するかがポイントになる。また,課題解決のための活動内容が,どのグループも類似しており,それぞれが工夫して創造性豊かなものになることが望まれる。
 
<自己評価・相互評価>

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5 研究のまとめ

 小学校の「めあて学習」,中学校・高等学校の「選択制授業」の実践を通して,個に応じた課題設定と適切な指導を行えば,児童生徒の課題解決のための意欲が高まり,積極的に運動を実践する力を育てることができるという成果を得ることができた。しかし,児童生徒の意欲や実践力をより確かなものにするには,単元計画の作成,学習内容と指導,そして,評価にわたって教師の創意工夫が大切な要素となる。
本研究では,小学校における「自ら学ぶ力のとらえ」,中学校での「よさを伸ばす学習内容の工夫」,高等学校の「評価の在り方」など,独創的な工夫をし,きめ細かい指導を行った。
 課題解決学習は,教師主導に偏りがちであった指導から,児童生徒の自発的・自主的な学習への転換であり,すべての児童生徒の個に応じた指導が求められる高度な授業形態である。しかし,指導法を誤ると子供任せの「放任の授業」に陥ることもある。教師は今まで以上に自己研修を重ねることにより,新しい体育の方向を見失わない努力が必要であると考える。


【参考文献】
石川普 監修 杉山重利 編著 「体育科教育 どう変わる21世紀の学校体育・健康教育」
                                   大修館書店
文部省「小学校学習指導要領」    平成元年3月
文部省「中学校学習指導要領」    平成元年3月
文部省「高等学校学習指導要領」   平成元年3月
文部省「中央教育審議会第一次答申」 平成8年7月
文部省「保健体育審議会答申」    平成9年9月
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