シンガポール 複合民族国家 
 シンガポールは、超近代的な高層ビル群と典雅なコロニアルの街並みが、洗練された印象で調和を見せています。クリーン&グリーンのスローガンの通り、熱帯の緑と花々に彩られた端正で清潔な一市一国の都市国家シンガポールは、ガーデンシティの名にふさわしい美しい国です。19世紀初頭、イギリス東インド会社のスタンフォード・ラッフルズ卿の上陸以来、国際貿易の拠点として発展してきました。
 「シンガポーリアン」と、シンガポールの人々は自分達のことをプライドを持ってそう呼びます。しかし、シンガポールは、幾多の民族が融合した複合民族国家です。中国系、マレー系、インド系等の民族は、それぞれの文化、宗教、伝統を守りつつ協調して、シンガポーリアン独特の文化を形成しながら多彩な表情を織りなしています。チャイナタウン、リトルインディア、アラブストリート等を歩くと、アジアの縮図がひとつの街に同居する不思議な面白さが堪能できます。
 私が滞在していた頃、ちょうど独立後4半世紀を迎え、「ONE PEOPLE ONE NATION
ONE SINGAPORE」を合い言葉に様々なイベントが行われ、シンガポーリアンとして一層の結束を強固且つ確実なものにしているように見えました。
 そんな複合民族の特徴が、貨幣にも現れています。
 お気づきになれますか?。
マレー語、中国語、タミール語(インド系)、英語で書かれています。国語はマレー語(国歌「マジュラ・シンガプーラ」の歌詞はマレー語)ですが、公用語は様々です。首相も4言語で演説し、TV放送も新聞も4言語です。
 こんな多民族が各々を尊重しながら仲良く暮らす国がシンガポールです。自由貿易と先進工業を基盤に繁栄し、アジアでもひときわ豊かで近代的な国際都市を築きました。シンガポーリアン同志、同質性を自覚しつつ異質性を容認し、かつ自国のアイデンティティーをもっているシンガポーリアンから学ぶことは少なくありません。 小林  昭)

 
カーバの敷物
 シンガポールに住むマレー人のほとんどはモスリムです。メッカのカー神殿に向かって、明け方5時半、午後1時、4時、夕方7時15分、夜8時にお祈りをする。毎週金曜日には、男性は午後1時にモスクに集まってお祈りをする。

インドネシア ジャワガムラン


結婚式でのガムラン演奏の様子
 
 インドネシア共和国は、赤道をはさんで南北1,888km東西5,110km、総面積約1,919,000km2 で、大小あわせて13,600あまりの島々からなります。実に東南アジアの面積の約半分、人口も約3分の2を占める大きな国です。
 一口にインドネシア人といっても約300以上の異なる種族と約250の独立した言語があるといわれています。人口の約半分を占めるジャワ人はジャワ島の中、東部に住み、次に多いスンダ人は、ジャワ島西部に住んでいます。それぞれの地域では古来からの地域語も生きていて、伝統的な価値観や文化の違いを持っています。ガムランという民族楽器に関しては、バリ(バリ島)とジャワ(中央ジャワ)、スンダ地方(西ジャワ)がよく知られていて、それぞれが独特の音色とリズムを持っています。
 ガムランという言葉は、ジャワ語の打つ(gamel)から来たとされ、そのほとんどを青銅製の打楽器が占めます。ガムランのフルセットは、20種類ほどの楽器で構成されています。今回展示した楽器はジャワガムランのセットの一部で、演奏可能な最小限の組み合わせです。
 ガムランの歴史は古く、ワヤン(インドネシア独特の演劇)と結びついて発展してきました。もともとワヤンはインドのヒンズー教の二大叙事詩である「ラーマーヤナ」と「マハバラータ」を題材にしています。これが14世紀頃仏教と融合しながらジャワ化していき、16世紀にイスラム王国の王宮文化の中で完成していきました。牛の皮を使った影絵のワヤンクリット、人が演ずるワヤンオラン(展示されている踊り
の衣装はマハバラータの中で出てくる人物ガトット:カチャ)またワヤンゴレック(展示資料の木でできたワヤン人形)など様々な形で上演されるようになりました。

    
ワヤンゴレック

ガムランの調律体系は大きく2つの音組織があり、スレンドロ音階(1オクターブ5音)とペロッグ音階(1オクターブ7音)と呼ばれています。展示資料はペロッグ音階のものです。ワヤンでは演奏の時間帯や曲などでこの2種類の音を持つ楽器のセットを使い分けています。沖縄の音階はペロッグに似ていることもあり身近な感じがします。 
 今日でもガムランはインドネシアの日常生活の中で生きていて、小学校や中学校の芸術の授業の中で、自分たちの文化として地方語とともに教えられています。また各都市にもガムランを学べるようなサンガル(教室)があり、子どもや一般の人などが通っています。結婚式などの祝いの席ではガムランが演奏されることが多く、時には影絵(ワヤン)や舞踏、地方語の歌などがガムランに合わせ演じられています。私はジャワ人のサンガルで踊りやガムランを学びました。 
2000年インドネシア:ジャカルタ日本人学校ホームページには、ガムランの紹介やジャカルタ日本人学校での中学部美術の実践について詳しく紹介してありますのでどうぞごらんください。   (尾関 隆一)
                                             



 インドネシアの展示品
 アンクロン:竹製楽器 

東部ジャワでは14世紀頃マジャパヒト王国時代に王を迎える行列で使われたという記録がある。17世紀にはバリ王朝からジャワの王朝に贈られたという記録も残っている。長い歴史の中で次第に姿を消しつつあったが、1930年代、スンダ地方の教師ダエン・スティグナによってドレミ式のアンクロンが考案され、学校での教育楽器として広まった。

 バリ絵画  (バトゥアンスタイル)

インドネシアは、イスラム教徒が多くを占めているが、バリ島だけは、バリヒンズーと呼ばれる、仏教とヒンズー教のミックスされた文化の様相を呈している。この絵画からその様子をうかがうことができる。

バティックの絵画
 バティックの教材化







チャンティンという道具の中に溶けたろうを入れて筆がわりにして描く。染めたあと熱湯に入れてろうを抜くとそこを白く残すことができる。

     インドネシアのノミ(パハット)
インドネシアではこのようなノミを使って彫刻が作られます。
 

 左のノミを使って彫刻されたもの。
 授業用に教師が自作したもの