イラク 中東は日本の生命線・・・

     コーランの敷物

アラビア語を知らない東南アジアのイスラム教徒は、子どもの時、神学校で分厚い教典の「コーラン」を数年かけて読み理解していきます。
いちばん厳しいきまりは断食です。イスラム暦の9月には日の出から日の入りまで、子どもも頑張って断食します。日本の子に育ってほしい我慢する心や思いやる心が自然に培われていくようです。


 まずアラブを理解するにはイスラム教を知ることがとっても重要です。イスラム教には5の教えがあります。
 ・礼拝 ・喜捨 ・断食 ・巡礼 ・信仰告白
 この中の「喜捨」という戒律を紹介します。アラビア語ではザカートと言いますが、アラブに住む一般のイスラム教徒なら、富んでいる者は貧しい者に施すことは当たり前の義務になっています。たいへんお馴染みのアラビアの文学である『アラビアンナイト』に登場するアリババは、アラビア語で泥棒を意味します。しかし、彼は英雄でもあります。どうして泥棒が英雄扱いにされるのでしょうか。
 私がバクダッドにいた時、現地の子ども達から「ヤバーニアリババ(日本人泥棒)」と呼ばれたことがあります。『中東は日本の生命線』と呼ばれて久しいですが、よく考えてみると日本の繁栄は、アラブの宝物:安い石油のお陰です。日本はエネルギーの60%を石油に頼り、その60%を中東に頼っているのです。日本の繁栄はアリババそのものと言えるかも知れません。ですから何とも複雑な気持ちにさせられたことを覚えています。
 また、スーク(イスラムの市場)の店先で野菜を堂々とわしづかみしているホームレスに出会ったことこともあります。ところが、店主はごく自然に応対していました。日本では考えられないことですが、富んでいる者が貧しい者に施しをして当たり前というイスラム教に宿る共生の文化が、私がお世話になったイラクでは、はっきりと生活の中に根付いていました。
 世界には日本の人口のおよそ10倍、12億人のイスラム教徒がいます。キリスト教に次ぐ世界的な大宗教です。アラブの人々と共生していくためには、もっともっと民間レベルでの交流を活発にして、イスラム社会を受容し、理解していくことの必要性を前回の湾岸戦争でも今回のアフガニスタン情勢を目にしても痛感しています。
 日本の繁栄は中東の賜物です。
                (置田 和永)

 6千年程前、メソポタミアではすでに農業が営まれていました。この石器は、木で作られた鎌に差し込む刃として、スペア用に利用されていたようです。  レンガ造りの王宮を修繕するために焼きレンガで作られたクサビを城壁に打ち込みました。これはシュメール時代のものです。数千年を経ても形は変わっていません。一般の家は日干しレンガで作られるので、ほとんどが土に戻ってしまい昔の町は小高い丘になっています。         楔形文字の粘土板

4千年程前(アッシリア時代)の粘土板です。粘土が柔らかいうちにアシで作ったペンで文字を刻み、日干しレンガにしてから保存しました。
(ペンはチグリス川の辺にはえていたアシで作ったものです。)


イラクの紙幣
 2千年程前のランブです。油を入れて小さい方の穴から紐を出して、染み込んだ油に火をつけて、明かりとして使いました。銅でできた方は、土産物店で買ったものです。  公式の男子衣装
 元駐日大使であった、カイザラン氏からいただいた公式衣装で、冬季に着られています。金糸の刺繍が見事です。
 イラクの貨幣の単位はディナールです。1980年代の貨幣で、1ディナールはおよそ800円でした。当時イラン・イラク戦争中で、物価は日本の4倍程でした。