高等学校新学習指導要領 美術、工芸の課題

1 改訂の基本的な考え方

  生きる力の育成を重視した美術、工芸の改訂の基本的な考え方は次の6点に集約される。

(1) 学校教育としての美術・工芸の教科性を明確にし、確かな指導を重視すること。

(2) 美術、工芸を愛好する心情と感性を育て、豊かな情操を一層養うこと。

(3) 柔軟で創造的な発想力や形、色、材料で表す創造的な能力を豊かに身に付けられるようにすること。

(4) 写真、ビデオ、コンピュータ等映像メディアや模型、レンダリングなど視覚的情報表現によって自分の考えや伝えたい内容を表現し交流できるようにすること。

(5) 表現分野を選択して扱ったり、関連付けたり一体的に扱ったりし、学校の特色や生徒の個性を生かした指導が柔軟に行えるようにすること。

(6) 我が国及び諸外国の美術文化や表現の特質などについての関心や理解、作品の見方を深めるなどの鑑賞の指導が充実して行われるようにする。その際、日本及びアジアの美術、工芸についても重視して扱うこと。また、鑑賞に充てる授業時数を適切かつ十分確保するとともに、美術館等地域の施設や人材等の活用も積極的に図り、幅広く新鮮で活力あふれる感性豊かな学習活動が行えるようにすること。

2 取り組むべき新しい課題

(1) 美術、工芸科目の性格をふまえた指導理念の確立

     「芸術文化はその国のアイデンティティーであり、誇りである。」学校美術教育は、学習指導要領を基準として一定の教育目標に即し生徒一人一人に生きる力としての能力を身に付けさせたり資質・能力を開発・育成したりする「意図的、計画的教育」である。したがって、生徒の主体性はその目的の範囲内において尊重されるものである。

    生きる力の育成の観点から考えると、美術、工芸とは「表現・鑑賞の活動にかかわって何に価値を見いだし自己決定して生きるかの創造的行為であり、さまざまな事物・事象、経験などから感性と想像力を働かせ、よりよい価値世界を造形美術、工芸の形、色、材料という造形言語と方法で表しつくりだす営み」である。愛好するということは「その活動に、生きることの自分としての意味や価値意識をもち、新たな自分の価値を求め続ける営み」であり、芸術文化はそれらの軌跡によって成り立つものである。美術、工芸はそれらの営みをたすける教育をするのである。したがって、その学習は極力生徒の主体性・能動的試行錯誤の自ら学ぶ学習によって行われるようにしなければならない。このことをおさえた上で各学校で指導を展開する時、学習指導要領に基づいて為すべきことは次の6点に集約され、その実現に向けて確かな定着を図る創造的実践が期待される。

   @ 美術、工芸の楽しみ、自己実現の喜びを味わわせること(興味・関心・意欲、美術の価値の理解と、絵ごころ・ものづくりのこころなど愛好心)

   A 豊かな情操を養うこと(美しさやよさなどを感じ取る感性や豊かな感情の陶冶、及び、それらに憧れ求め続ける永続的な心性)

   B 美術、工芸の学習で身に付けた資質・能力を培うこと(観る力、感性、発想・想像・構想力、構成力、創造的表現技能)

   C 美術、工芸の学習で身に付けた資質・能力を平素の生活の中で生かすこと(美術、工芸の学習で身に付けた資質・能力を生かして生活を心豊かに創造していく能力・態度を育てる。)

   D 美術や自己の生き方について夢や目標をもち可能性を広げること(自然や他者、さまざまな芸術作品や美術文化等とのかかわりの中で、自己追求し、自分自身及び人間としての美的・創造的表現行為やその生き方の価値を見いだすこと)

   E 美術文化やその芸術的・知的遺産、美術文化についての理解を深め認め合うこと(人間が創り出した美術文化やその芸術的・知的遺産や美術文化についての理解を深め、我が国の芸術や美術文化に誇りをもち、異なる文化をもつ国々の人たちとそれぞれの美術文化のよさを伝え合い、共感的に理解し合い国際理解を深めること)

(2) 芸術としての創造的能力を身に付け、美術、工芸を愛好する心情を育てる

    表現に関して、次の7つの能力・態度を一体的・総合的に育成することが大切になる。

   @ ものの見方・感じ方(ものを観る力・感じる力)を育てる。心を働かせてものをよく観、美しさやよさを心に感じ取る感性。形、色の特徴、情感などをとらえる力

   A 想(主題や発想)を創出する力を育てる。豊かな感情や考え、想像を広げイメージする力、発想力(新しいものを考え出す創造的思考力)

   B 考えやイメージをまとめ組み立てる構想力、美しく表す美的感覚・美的構成力

   C 形・色・材料で表す基礎的及び創造的な技能、多様で柔軟な表現方法、材料・用具等の創造的な活用 

  D 表現の過程で試行錯誤や創意工夫をし、総合的にまとめあげる力 

   E 夢や目標をもち発想から完成までの表現の全過程を通して自己確認し、よりよい表現のための工夫や課題を発見したり自分のよさや学習で得たことなどを発見・確認していく意欲・態度

   F 制作した作品を基に他者と批評し合い、互いのよさや「未見の我」に気付き他者と共感的理解を深め、自己表現の喜びを味わい作品を生きた証として大切にする態度。

(3) 感性を豊かにし、豊かな情操を一層養う。

    感性とは、「よさや美しさなどの価値、他者の心情などを感じ取る力」を指し、情操とは「美しいものやよりよい価値などに憧れ求め続ける豊かな心の働き」を指す。

    すべての自然はその形、色彩、音、動き、機能、命の営みなど人知を越えた美の構成力や創造力の現れである。したがって、対象を深く観察することを通してそれらの美しさやその要素、おもしろさなどに気付かせ、感じ取ったことやそこからさらに想像力を豊かに働かせてイメージを広げ自分の豊かな心の世界を表現したりすることを大切にすること。また古今東西の美術作品や地域の伝統的なものの美しさや力強さ、個性の発露など表現の豊かさを感じ取り理解する鑑賞の指導も併せて研究・開発していくことが求められる。

(4) 美の感受や文化・人間理解を深める鑑賞の指導の充実を図る。

    鑑賞は「他者の表現からのよさや美しさを感じ取り味わったり、作者の感情や意図の工夫などを読みとったり、文化の違いとよさに気付き互いのよさを尊重し合ったりする学習を通して自己と他者の世界について視界を広げ豊かな生き方を見いだしていく活動」である。生涯学習の楽しみとして鑑賞に親しむ人口は非常に多い実態から鑑賞の充実は急務といえよう。これまでの西洋美術中心の鑑賞から真の国際理解の観点からまずは生徒が生まれ育った日本の美術、工芸のよさや表現方法の多様さなどを鑑賞させ、鑑賞に関する基礎的な能力の育成と文化の理解や芸術に関する視界を広げる教育が大切である。そのためには興味・関心を引き出す教材や指導方法の開発、併せて地域の美術館等文化施設、人材等の活用も図り、芸術作品に直にふれて鑑賞し味わう体験を豊かにもたせることが大切であり、美術館等との連携の図り方、鑑賞の仕方や基礎的な理解をどのようにもたせるかなどの研究が必要である。

 (5) 個に応じた多様な表現方法の選択幅を広げる。

      美術の表現は「その人自身のメッセージの表れ」でなければならない。

    しかし、高等学校の表現の指導は一般的に教師の価値観による画一的な指導傾向が見られる。しかも西洋の作品に見られる表現方法に偏っている傾向がある。特定の表現方法のみの画一的な指導の授業では、結局「誰が一番うまくできたか」という巧拙・優劣や、教師の価値観に合う教師好みの作品づくりになってしまいがちである。

    生徒が表現したいことやその方法は十人十色である。したがって多様な表現方法を用意し生徒が表現意図に応じて選択できるようにすることが大切である。その際画用紙の形や大きさも日本の美術では日本画をはじめ伝統的な表現形式や方法、絵巻や屏風のようなパノラマ型。掛け軸のような短冊形、扇やうちわのような円形、絵手紙のような描くものによって異なる大きさど多様にある。描き方も輪郭線を描き色彩には陰影を付けない方法、水墨画、金箔などを張ったもの、雲を配して異なる場面を同一画面に描く、遠くも近くも同じ大きさで描くものなど多様である。したがって生徒に多様な表現方法があることに気付かせ,自分の表現意図に合う表現方法を選択できるようにする工夫が大切になる。

  (6) 生徒が個性を生かして楽しく主体的に学ぶ美術、工芸へ。

    指導の内実的な個別化をしていく必要がある。本当の楽しさとは、自分が向上し自分のできる、わかる世界が広がる自己実現の喜びである。高校生の自己実現を大切にした楽しさの追求となるように留意することが大切である。     また高校美術の題材は画一的であまり楽しくできないものが多いという指摘もある。中学校美術における題材開発などをも参考にし表現が豊かに広がり夢があり,個性が生かせられしかも適度な抵抗感のある題材の開発に更に意を用いる必要がある。

  (7) 個性に応じて学習を高められる選択履修としての「美術、工芸」や学校設定科目などの開設と指導方法の開発研究

    今回の改訂では生徒が自ら学習することをきめ,自ら目指す課題をもって学習を追求できるように学習内容や活動の多様化を図ることが大切である。基礎的技能を繰り返し確実に身に付けたり個性的で創造的な質の高い表現を追求したり,日本画や水墨画等日本の伝統的な絵画に挑戦したり伝統工芸や地域の伝統芸能を体験したり,新たな表現に挑戦したり,共同で創造活動に取り組み一人一人の個性を生かした大きなものを創造する活動をしたり,美術文化や美術作品などを深く鑑賞・研究したりするなど,生徒が自ら課題を決め自ら研究的に学習し自分で答えを出していく活動を支援していくことが大切である。

    また,将来の進路の希望をふまえ専門的な能力を身に付けさせる指導や,新たな美術を創造していくことを目指したより創造的で高い表現能力の育成を図ることもた大切である。